2347年

大丈夫

日記0824

日記よ...日記なのよ...

 

いつからか自分を打ちのめしながらも鼓舞する、というときに小、中、高の同級生のTwitterアカウントを眺めるという方法を取っている。何故そんな陰気じみた方法を取るようになったかと言えば、小学校の同級生、それこそ低学年のころはよく遊んだような、知り合いの逮捕がキッカケだった。結構派手な事件で、同中学生グループから死亡説が流れていたらしい末端の俺の元にもその話が届いたほどの規模だ。何かの縁だと思い彼の本名で検索すると彼のTwitterアカウントが発掘された。中学卒業以降、彼の生活を知る機会はなかったがツイートには彼の荒れた日々の生活、恋人への熱い思い、家庭環境を呪った言葉の数々があった。そしてそれらは彼が事件を起こした日付で止まっていた。本当に社会から強制隔離されてしまった彼が今何をやっているかは少なくとも俺には分からん。人ってこんな風にいなくなるケースもあるのか~と楽観視することに努めるついでに彼のフォロワー欄を覗く。すると日々のゴミ山に埋もれてしまった懐かしい人間の数々が発掘された。彼らの大半は社会も恐れず本名で行われていた。本名でSNSやるの怖くないのか...リテラシ以前の価値観的な話に収束するのか?と思いながらも彼らの日々の生活のツイートを眺める。大変まばゆい。所属していたあらゆるコミュニティーから死亡説が流れているような人間関係、それに伴う味のしない生活を送っている身としては自然と目を背けてしまうような、少なくとも俺が一生手にできないと感じつつある団らんがあった。もちろん酷い環境にいる人間もいた、それでも人生楽しんだもの勝ち!というJ-POPの歌詞めいた言葉、楽観が広がっていることに衝撃を受けた。なぜこんなに人生観に差がでたのか、歌詞の刷り込みってこういう形で顕著にあらわれるのでは...など情報多寡でおかしくなりながらも読んでしまう。今でもフォローすることなくただ鍵垢から彼らのツイートを眺めてしまう。

 

この監視をやっていく気持ちになったり無になったりする。最近は無になる確率の方が多い。たまに当たることもあるが環境も趣味も異なる、ウィットもないツイートを見ると微弱な虚無感が生まれることが分かってきた。性質に合わないものを見ると新たな刺激としてではなく拒絶反応をするようにできている

 

虚無感は自律神経をバグらせるのか夕方から寝て深夜2時に起きた。本当にやることを思い出せなかったのでアニメ ノワールの好きな回(日々の糧、地獄の季節)絵コンテをしていた橘 正紀監督のアニメ プリンセス・プリンシパルをみる。

 

『スパイ』×『スチームパンク』×『女子高校生』!?予測不可能の「嘘つきエンターテインメント」開幕!!

 

大変開幕してしまい各話で目頭が熱くなる。2話目ながら爆発しかける女の感情、哀愁、音楽-梶浦由記による作戦時にかかるsalva nos再来かよと言わんばかりのBGM...女が女に向ける感情を感知すると活発になる脳の部位があるはずだがそのに血が巡るのが感じられる。すると本当に都合の良い俺の生命力が湧く。夏場に唯一楽しみが出来たのでうれしい。こうやって誤魔化してやっていくしか方法がないと分かってながらも。

 

おまけ、最近よく聴いてしまう。初期Novembersを思い出すがノベンバ本人たちもファンだと公言しているので納得する。

 

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